気持ち悪いと言う直感で貯金できます

皆さん、交流関係で何か気持ち悪さを感じる人がいませんか?
現時点では実害は無くても直感的に気持ち悪さを感じるなどです。
残念ながらこれには絶対的なマニュアルがあるわけでは無いのですが
具体例を出してみます。と言っても、この例は単に私の経験であり、絶対的な指針ではありません。
私が感じたのは、久々に会った時に何かバカにした感覚がうっすらと感じられる人です。
親しく話しかけてくるが、その裏には見下している何かを感じることです。
試してみましたが、正直言語化や仕様としてまとめるのは難しいです。
別の方法でも試してみましょう。
ある人とストレスなしに楽しく会話できる人がいる一方で
話していると微妙にかみ合わなくてストレスになる場合が無いでしょうか?
その感覚です。これが、直感的な気持ち悪さと言う事です。

第一章 三振が無い野球

投資家のウォーレンバフェット氏の話で
投資は野球より簡単、三振が無いから得意な物以外は永遠に見逃せる
と言うものがあります。
交流関係も投資と同じで、三振が無い野球だと思って対応するわけです。
先ほどの何か気持ち悪さを感じる人は積極的に相手をしなければ好いわけです。
別に絶交とか口を利かないという意味ではありません。積極的に付き合わないと言う事です。
偶然、近くて会ったとしてもあいさつ程度で退散すればいいわけです。
逃げるというと負けた感じがしますが、人生と言う広い視点で見たら勝っているわけです。
見ただけで最悪だと思う人がいたとします。もちろん、話しかければいい人かもしれません。
でも、直感を信じて見逃せばよいわけです。
ここで一番愚かなのは、そういう人を積極的に攻撃することです。
これは全くよい事がありません。絶対にやってはいけないわけです。

第二章 チャンスと言うバスはまた来る

野球は三振があるから、あまり得意ではないストライクでも打つ必要があります。
ギャンブルの場合は得意か分からない状態で賭ける必要があります。
これらの考え方は、チャンスの神様です。
神様には前髪しかありません。だから、見たらすぐに捕まえるわけです。
後から捕まえようとしても無理です。
一方で、チャンスと言うバスはまた来るという考えもあります。
投資の場合は今を逃しても、似たような次のチャンスがあります。
ポーカーをギャンブルとしてプレイする場合は、参加料は無駄になりますが
手札が悪ければ下りれば良いわけです。良い手札だった場合だけ、掛け金を上げてゲームに参加すれば良いのです。
人間関係も、チャンスと言うバスはまた来るという考えが良いです。
だから、少しでも気持ち悪さを感じたらバスには乗らないほうが良いわけです。
ここで、皆さんの過去でこんなことが無かったでしょうか?
相手からの誘いを断った場合に「冷たいな」と言われたことです。
必ずあると思いますので、思い出してください。
次に、その「冷たいな」と言った人はあなたに対して暖かいでしょうか?
別にそんなことは無いと思います。あなたの知らないところで別の友人と楽しんでいるのでは無いでしょうか?
風の便りで結婚して良い生活をしていると聞いているかもしれません。
相手も結婚式の招待状を送らないくらい冷たいのです。そうお互い様です。
話を断っただけで冷たいと言われた場合は、罪悪に思わなければ良いわけです。
こちらとしては、そういう変な人を早く発見できた喜んでください。

第三章 投資も人間関係も確率の低いめぐり合わせです

株に限定しても日本では上場している企業が3000程度です。
皆さんがお金を出せば買える株は3000種類あるという意味です。
さらに、買う時期などを考えると、それ以上の可能性に増えます。
人間関係と言うことで考えると、小学校から会社で考えれば3000人位だと考えます。
この中から、楽しく役に立つ人間は何人でしょうか?
親友と言える人は数人、気持ちよく交流できる人は100人以下だと考えます。
そう、可能性は低いわけです。だから、少し気持ち悪いと思ったら見逃せば良いわけです。

最後に

チャンスの神様とチャンスのバスは可能性としては同じです。
であれば、バスの方を選ぶのが得策です。理由は単純です。
神様は見たらすぐに対応しないといけません。
バスは次に来ると考えて対策できます。準備が整っていなければ
整った後でバスを待てばよいわけです。 だから、チャンスの神様よりチャンスのバスなのです。
余談ですが、チャンスの神様って、怪しいビジネスの勧誘で使われます。
「今がチャンス、この後は契約できません」
これがポーカーだったら離脱すれば良いわけです。今の手札をあきらめても、次のゲームでまた手札がきます。
チャンスは一度しかない。正確には後知恵で「あのチャンスは一度しかなかった」
こんなのは間違えです。 チャンスは一度しかない の結末は
アホなチャンスに賭けた間抜け です。
ただ、アホなチャンスに賭けて成功した人はなぜか世間は評価します。
会社もそんな社員を評価します。これが間違えの元です。
本来なら、無謀なチャンスで業績を上げた人は、罰せられても当然です。
武勇伝で「不退転を示すために、上陸したら船を焼いた」と言う話があります。
征服者のコルテスの話です。これは会社なら、無意味に固定資産を「焼却」したバカ話になります。
だから、コルテス系の話は無視すれば良いわけです。正確には世界史の事象として頭に入れておけば良いわけです。
仲が悪かった同級生とは今は親友だという話など無いと考えてください。
そういう関係って突然に破綻する危険性があります。
良い人間関係って、嫌味も嫉妬も上下関係もありません。
約束を守らないとか道徳みたいな教育をする関係である場合は
もう、破綻していると考えます。異常な状態です。
それが、気持ち悪いと感じる人間関係だと考えます。
それを防止するために、話していて気持ち悪さを感じたら深入りしないことです。
人生は野球のように三振はありません。チャンスと言うバスも次も来ます。
一生で3000人位と出会いますが、全ての人と仲良くする必要もありません。
株の投資家もすべての銘柄を相手にしていません。
人間関係もそれと同じだと考えます。

決着の付かない話を無視で貯金できます


若い時にお金をもっと貯めておけばよかった
若い時に遊びすぎて無駄使いした
若い時に無駄な買い物ばかりしてしまった
こんな悩みの人は多いと思います。
私もそうでした。
もし100万円を投資信託に預け入れておけば複利で何千万になっていた。
昔から知っていたあの会社の株を買っておけば億り人になれた
こんな考えをしている人はいるのではないのでしょうか?
そして、今までの人生を無駄だったと総括してしまっています。
実はこれって、大きな間違えがあります。
と言っても、若い時に浪費することが良かったというつもりはありません。
では、何が間違っているのだろうか?
それは、過去の決断によって今必要なものが不足しているという事だけに注目しているからです。
決断が悪いのではなく、今必要なものが無いから悪いと思っているだけです。
そう、お金が足りないから、お金を増やす努力以外を無駄だと定義しているわけです。

第一章 すべての人は今ないものを欲しがります

仮に貯金をしまくって、今があるとします。
こんな人が言う悩みは、若い時に遊んでおけばよかったという話です。
周りの友達が楽しんでいたレジャーをもっとやっておけばよかったって話です。
定年退職して楽器を買ったが、全然上手く演奏できなくて放置しているって話も聞きます。
そして、若い時に楽器を練習しておけばよかったと悩みます。
投資の話でも、退職金で金融商品を買って損したって話もあります。
若い時に少額でも良いから、運用の方法を勉強しておけばよかった。
これで分かったと思います。
若い時に金を節約して老後を迎えた人は、若い時にその金で経験をすれば良かった。
若い時に浪費した人は、老後にもっとお金をためておけばよかったと悩む。
正直、同じことです。過去にどんな選択をしても、未来には選択していない方を悔やむわけです。
まず、認識することは過去の選択で今は貴重な何かを持っているという事をです。
若い節約家は未来にお金を残せます。
若い浪費家は未来に浪費した経験を残せます。

第二章 貯金をしていない人が多いという幸運

若い時にお金を取るか、経験を取るか
半々の選択肢に見えます。しかし、実際は貯金をしていない人の方が多いです。
これは不幸と言われていますが、幸運もあります。
それは、生産性を上げる知識が身についているという事です。
浪費した人は今はお金が無いですが、半端ない経験はしているはずです。
私の場合はガジェットとお酒が好きで昔からいろいろ買っていました。
今はお金が無いということで消費は減っていますが、過去の知識を元に楽しめていると考えます。
さらに、ネット通販で安く修理部品が手に入るので生活費が下がっています。
昔の浪費によって、修理する技術が身についているわけです。
最近ではロボット掃除機のバッテリー交換を3000円で済ませました。
もし、サービスに送り返していたら2万円程度の費用が掛かっています。
他にも知識によって得をしていることが多いです。
そう、私自身はお金が無いと悩んでいるのに
過去の浪費による知識でお金を節約できていたという事実が見えていなかったわけです。
友人の例では、あるAV機器の電源が故障して困っていると言っていました。
製造元に問い合わせても電源のACアダプタは製造していないから修理できないと言う話です。
でも、電気関連の知識があれば同じ電圧と電流を満たす電源があれば、それで直せるわけです。
500mAの電源が壊れたけど1000mAの電源は大丈夫なの? って間抜けな質問は知識があれば決してしません。
ちなみにその友人はお金はそこそこ貯金している人です。
こういう事です。貯金をしていない人が多いという事は
その代わりに何らかの生産性と言う知識を持っている可能性があるという事です。

第三章 お金か知識かは決着つきません

お金が良いか知識が良いか?
この問題は決着はつきません。理由はどちらも将来の悩みになるからです。
だから、このような話は一般ではしないことをお勧めします。
研究のテーマにして発表するという事なら問題は無いですけど。
過去の決断でお金が足りない
過去の決断で知識と経験が足りない
どちらが良かったか?と問うとお互いに無かった方を欲しがると考えます。
だから、単に今から行うことは過去の行為の決着ではありません。
まず、過去の選択は素晴らしかったと考えてください。
節約してお金が多いことは素晴らしい
若い時にお金を使って知識を得たことは素晴らしい
と思います。
そして、未来に向かって不足している物を手に入れるわけです。
さらに、未来まで待って良かったことも多いです。
仮にお金はあるが知識が無いとします。今はやりのプログラミングを習いたいとします。
今なら、金を払って『テックキャンプ』にでも申し込めば覚えることが出来ます。効率よく金で解決出来ます。
一方で知識はあるが金は無いという場合も同様です。
いまなら、金利ゼロでローンを組むことが出来ます。金利が安いので昔より安くお金を借りられます。
昔より中古市場が充実していますので昔より安く物を手に入れられます。
そう、金が無くても知識や経験が無くても補うことが出来るわけです。
ここで重要なのは、過去と言う決着がつかない話を無視することです。

まとめです

よくある、過去のことを考えるなと言う話がありますが、それは間違えです。
私が言いたいのは、過去の決断について悩まないという事です。
決してその決断を忘れるという事ではありません。
絶対に間違っている話としては
過去の失敗は糧になると言って忘れることです。
この話はよく聞きますが、全くよい事はありません。
過去の話を糧にするとは忘れるという意味ではなく、鮮明に思い出すと言う事です。
実は私は5年前にミニマリストを目指しました。
使っていない物を全て処分して新たな生活をするという考えです。
それで物が減りましたが、お金も半端なく減っていきました。
ここでミニマリストの考え方は間違っていると気が付きました。
もちろん、集中して物事を考えるという力はつきましたが
買ったものを手放すという行為は将来それを無料で使えるという機会を捨てていると言う事です。
今私はロードバイクにまた乗りたいと思っています。
ただ、過去に1万円で手放しています。
これも、分解してどこかのしまっておけば、今でも無料で楽しめたわけです。
この間違えは無駄ではなくこれからの方向性を決める知識として使えるわけです。
ミニマリストと言う決断で過去に物を売ってしまったことに対しては決着はつけられません。
しかし、今どうするかという部分は対応できます。
私の場合は
物はダメだったらすぐに手放すが、本はできるだけ蔵書として持つようにする
と考えています。
理由は、本は一度だけ読んでも頭に入らないのでこれから何度も繰り返し読む必要があるためです。
このように過去の善悪は決着を付けずに、現在はどうするかを考えるわけです。
そうすれば、過去の出費は解決できませんが、現在の出費は少なくできると考えます。
当然ですが、未来の出費も減って貯金できるようになります。

何をやっても文句は言われると考えると貯金できます


皆さん、物事をよりよくしたいですか?
当然だと言われそうですが、お金を貯めるという意味では間違っています
まず、物事を良くしたいという探求心は悪い事ではありません。
経済学でも言われていますが、物事をよくする、つまり生産性を上げないと経済は発展しません。
これは事実ですが、いわゆるマクロの視点です。そう、全体的な視点です。
しかし、ミクロの視点、個別な視点で考えると非常に高い労力になります。
ではどうするか? そう、「これで良い」という点を自分で定義することです。
分かりやすい例として自転車のメンテナンスについて考えます。
ロードバイクなどのレースやツーリングを行う人は「これで良い」と言う点が高いです
一方で、実用車を通勤の足として使っている人は「これで良い」と言う点が非常に低いです
自転車愛好家は壊れる前に部品を交換するが、普段使いの人はパンクしてから考えるわけです。
チェーンだってさびて伸びまくっています。でも気になりません。ただ、愛好家からみたら酷い扱いです。
これだけ聞くと普段使いの自転車は問題あると言われそうですが、実はこちらの方が生活と言う意味で良かったりします。
理由は、普段の問題が全くないわけです。それによって仕事や生活に問題が出るわけではありません。
自転車に関しては「これで良い」という視点が非常に低いわけです。

第一章 無意味に「これで良い」のレベルを引き上げません

先ほどの自転車をメンテナンスすると考えます。
少しでも異音がしたら部品を交換すると考えます。そうすると何が起こるでしょうか?
ほぼすべての回転する部品を交換したくなります。ハブベアリング、ボトムブラケットです。
そうするとブレーキの事とか、チェーンの事とか気になってきます。
確かに自転車にとっては良い事ですが、生活と言う意味では余計な神経を使ってしまう問題が発生します。
自転車以外も物事って目の前の問題を解決すると、第二の問題が第一の問題に浮上します。
だから、何をやっても満たされないわけです。
あと、自転車の場合は最高の手段で問題が解決できます。
それは、定期的に新車に変えることです。どこかがガタ来たら新車に変えれば問題は全て変わります。
しかし、物事全ては自転車のように古い物を捨てて新しくすることなどできません。
なので、出来ることは「これで良い」と言うレベルを引き上げないことです。
自転車でいうと、パンク修理やチェーンへの給油はするが、それ以上はやらないと決めるわけです。
仕事で提出する書類も完璧な物ではなく、上司が求める最低限の基準を満たせば良いわけです。
具体的には、期限は守るが無理に早くしないとか、上司が求めていない過剰な装飾はしないなどです。

第二章 ノーマル状態で製品を利用してみます

物を買った時に関心ある分野程、物事が気になります。
自転車は好きな部品でカスタムするのに、クルマはそのまま乗るとか
パソコンはカスタムするが、自転車は整備しないなどです。
この、自分か関心を示している分野に関して、工場出荷時のノーマルで使ってみてください。
別に最後まででなくても、最初の数か月だけ工場出荷時の仕様のまま使ってみるなどです。
そうすると、分かることがあります。
カスタマイズするのは必要ではなく、好きでやっているという事がです。
自覚するのはその点です。まあ、大好きな趣味ならそれが分かったら思いっきりカスタムしてください。
一方で、仕事とか生活などで無意味なカスタムやアップグレードをしている場合ならそれを我慢して放置してください。
目の前の現象を問題だと思うと手を入れたくなります。
だから、目の前の現象に反応しないようにします。
その目の前の現象に反応しない方法として、とりあえず製品をノーマルで使用してみることをお勧めします。

第三章 何をやっても文句は言われます

工場出荷時の製品をカスタムしたいという欲求は誰にもあります
もちろん、製品設計の段階でより良い物と考えて作られているのに
それに対する不満があるわけです。
そう考えると、私たちが何をやっても永遠に文句は言われると考えます。
これに対して、より完璧にしようと考えないでください。
完ぺきではないかもしれないが、現実的な妥協点を探ってこうしたと考えてください。
気持ち悪いかもしれませんが、そう思ったら関心のないものに対してどうしていたか考えてください。
クルマは工場出荷時のまま乗っている。自転車はパンクしたら修理する
パソコンも良く分からないけど壊れるまで使う
これらと同じことを、現在注力している分野で行えばよいわけです。
そして、自分がやったことに対して文句を言われたら、明らかな欠陥でない限りそうしたと明言してください。
反対に他人がやったことに対しても、特に問題が無ければ指摘などしないでください。
その両方の考え方で思考の無駄をなくすことが出来ます。

まとめです

何をやっても文句を言われる背景としては、何か意見を持たないといけないと言う圧力があります。
全ての事に対して意見を持ち、それに対して回答しないといけないという考えです。
今流行のChat-GPTに欠けるところもそれです。
Chat-GPTって、明らかに知らないことに対しても回答してしまう弊害があります。
これは、あとで人がチェックするという前提のChat-GPTだから許されることです。
もし、人間なら、分からないことや未知の事に対しては「知らない」と答える必要があります。
無知の知という言葉があります。自分の知らないことを自覚することです。
これが出来るからChat-GPTより人間の方が賢いわけです。
もし、人がChat-GPTみたいに何でも完璧にこなそうとしたら
全ての物事に関して永遠に探究して疲れてしまうと考えます。
今すぐ、不必要な探求を止めて、あえて自分はここで探求を止めていると宣言してください。
そして、何かやって文句を言われた場合は、特に実害が無ければ聞き流してください。
社内文書を作って、社外の人に理解されないではないか?と突っ込まれたら
「確かにその通りですね。ところで、その文書って社外の人に見られるのでそうか?」
と聞いてください。
私としては、社内文書に対して社外の理解を想定することが無駄だと考えます。
そして、そういうツッコみをしてくる上司や先輩は出来ない人ではないかと疑います。
あと、何に対しても探求してしまう人って悪い言い方だと依存性だと考えます。
だから、知性を持った人になりたければ、無意味な探求と言う欲求を止めてください。
酒、たばこ、食事の欲求を止められないと健康に悪いとされます。だから止めるわけです。
無意味な探求心もそれと同様です。そして、意味のない探求心を止めることで無駄な行動が減り貯金できます。

違う世界の人を相手しないと貯金できます


お金が貯まらない人は無駄をしています。当たり前です。
その無駄の一つは、違う世界の人を相手していることです。
いわゆるレベルが違う人を相手にしているということです。
簡単なチェック方法としては
あの人はこんな基本的なこともわからないと愚痴る
あの人はいつも難しい事を話してムカつく
こんな事は無いでしょうか?
そう、人間関係で見下されたり、見下したりすることです。
これが起こる理由は違う世界の人を相手にしているからです。

第一章 IQが20違うと対応できない

IQ,つまり知能指数が違いすぎると話が出来ないという事実があります。
ここでのIQは広く考えて、EQや運動神経、コミュニケーション能力などと考えて下さい。
それらの違いがありすぎると対応できません。
コンピュータサイエンスや法律などの専門外のテキストを読んで理解できないのは
本が悪いのでも、あなたが悪いのでもありません。書き手と読み手のレベルが違いすぎるのが原因です。
スポーツでも野球の打席に立ってそこそこ打つことが出来て出塁出来る人はレベルが合っています。
一方で空振りやまぐれ当りしかしない人はレベルが違いすぎるわけです。
これらを相手や自分の責任だと思うことは止めて下さい。
また、レベルが違いすぎる事は無理に攻略しようと考えないで下さい。
学校教育の仕組みが悪いのですが、一律に同じことを教えようとすることを正しく考えないで下さい。
仮に適切に教えることが出来れば、平均点は95点位で全員の点数がそのあたりでばらつくはずです。
クラスで野球の試合を開催してもプロ野球のようなゲーム展開が見られるはずです。
プログラミングの教室で全員が素晴らしいプログラマになるはずです。
でもそんな事はありません。

第二章 説明できないのは当たり前

出来る人はできない人に説明できるという考えは完全に嘘です。
先程の知能指数が違いすぎると話ができないということで説明できます。
算数や数学が出来る人は、出来ない人のつまづく意味が分かりません。
野球が上手い人は下手くそな人がどうしてボールを打てないか理解できません。
だから、説明の仕方が悪いからその事を真に理解していないとは思わないで下さい。
仮に出来る人は誰にでも説明できる世界があったとします。
そうであれば、英語も簡単に話せ、野球もそこそこ楽しめ、法律文書も難なく読む
決算書、古文、化学のデータシート、難しいゲームのルールなど
簡単に理解できているはずです。
でもどうでしょうか? そんな教材や教え方には出会っていないのでは無いでしょうか?
だから、あなたが自分の得意な分野を教えられないのは当然でありお互い様だと思って下さい。
あの、イチロー選手だって野球が下手くそな人がそこそこ楽しめるようにすることは無理だと考えます。
トップミュージシャンが下手くそな演奏をする人をよくすることも出来ないと考えます。
そう、説明できないのは当たり前だと考えて下さい。

第三章 環境が人の能力を作るは嘘

誰でも社長や政治家の椅子に座らせればそこそこの成果を出すことが出来る
こんな話を聞いたことがあります。ただ、これは例外だと考えて下さい。
何も能力が無い人が権力だけを得て良い成果が出ることの方が例外です。
サクセスストーリーとしては夢があるのでウケが良いだけです。
受け売りですが、アメリカのバスケのプロリーグ NBAの選手の出身を調査したら
多くは全米大学体育協会の選手であったと言われます。
家庭的に恵まれ、英才教育を受けた人がNBAの選手になるわけです。
ただ、イメージとしては、スラム街の貧困層がストリートバスケで勝ち上がったヒーローです。
これも無いわけでは無いですが、例外と言われています。
会社で偶然、異動が行われ異業種の職種で成功したという話も例外で
普通はこんな事が起こったら、仕事が合わなくて潰されてしまいます。
これからは人工知能だということで入門書を読んでも全く意味が分からない人は
その方面のセンスは無いと諦めるのが得策です。
少し説明を聞いただけで、バッティングが出来て出塁できる
コンピュータを操作してプログラムを組むことが出来る
クルマやオートバイで速く走れる
絵をうまく描ける、工作が出来る、彫刻が出来る
こんな人はその世界がに合う人です。。
一方で何か違和感があればその世界は向いていないということです。

最後に

難しい本を読めばその分野がわかる?
もし、それが正しければ学校の成績は全員が満点です。
では無いのであれば、自分のレベルに合わない難しいことは無理だと認めて下さい。
そんなことをしたら、世界は狭まると言われそうですが、それは間違えです。
それぞれの人の程度に合った理解できることは多く存在します。
古い話だが、バスケのトッププレイヤーであったマイケル・ジョーダンがプロ野球選手になったことがありました。
結果としてはよくありませんでした。
難しいこともやれば成果が出ると言うのは、あのジョーダン選手でも出来なかったわけです。
だから、違う世界の人を無理に相手する事は止めて下さい。
無理だし、時間やお金の無駄です。
他にもよく聞く話としては、どうしたらリッチな人が集まるパーティーに出席できるか?
というものです。あれも間違えで、パーティーに出たからリッチになれるのではなく
リッチだからそういうパーティーに出席出来るわけです。
そんなパーティーに一般人が参加するのはそれこそ、お金と時間の無駄使いです。
無駄使いを止めてぜひ、貯金できるようになって下さい。

当事者意識を持たないと貯金できます

 

当事者意識を持つことは重要だと会社の新人研修で習います。
一社員でも経営者の考え方を持つことです。
常にコストと広い視野でのビジネスを考えることを全社員に求めさせる考えです。
これは、社員のためではないことを意識してください。
そりゃ、これって、責任は大きく、給料は小さくです。
悪い例だと、コンビニのスタッフに売れ残りに対して責任を取らせるものです。
某飲食チェーンでバイトが皿を割った場合に弁償させるという話もありました。
それらは経営者レベルで吸収される話です。別の部分で大きく勝つために一部で負けるというわけです。
これが許されるのは、負けを吸収できるだけの勝ちがあるからです。
ただ、スタッフの場合は、負けは吸収させるのに、別の勝った部分を与えられないわけです。
バイトに負けを押し付けて、おいしい部分だけ経営者が手に入れることが出来るのです。
私もそうでしたが、そういう考えで洗脳されていたからあとで軌道修正が必要になるわけです。
これは正しいとか間違っているという意味ではありません。どちらも正しいのですが
お金が貯まるという意味では、下手に当事者意識を持たないほうが良いわけです。

第一章 アルバイトから重役は宝くじです

最初に、人生の逆転劇を宝くじやギャンブルに望まないでください。
100万円を大穴に突っ込んで未来に賭けるのは無謀です。
宝くじでは良い実験があります。YouTuberのヒカキンさんが300万円の宝くじを買ってどうなるかです。
当たったら高級腕時計を買うみたいな話を知っていますが、腕時計が買えるどころか、200万円の損をしたわけです。
あの動画を見ればギャンブルに人生を賭ける馬鹿さが分かります。
では、経営者の視点を持ったアルバイトの話です。
身近でアルバイトからその会社の経営者になったというサクセスストーリーを聞いたことがありますか?
言っておきますが、テレビや週刊誌やネットニュースの話ではありません。
実際に交流関係で聞いたかです。
残念ながら、私はいません。
そう、そんなことをしても、単に会社の便利屋さんとして人生を終えるわけです。
中堅企業なら、高学歴新卒社員が上司になり、あなたはアルバイトのままです。
さらに、自分自身がキーパーソンであるというのも妄想です。
だから、止めると言われても、飲み会一回でお別れなわけです。
そして、それほどあなたと言う戦力はそれほど必要でなかったということがわかります。
もちろん、アルバイトから重役と言う話はあります。
しかし、それは宝くじで高額当選する位の低い可能性です。

第二章 当事者意識を持たない人を観察します

アルバイトから重役と言う話を信じている人は、新人研修の洗脳にはまりやすい人だと考えます。
だから、経営者の特権を与えられないのに、経営者としての職務を果たそうとするのは止めてください。
だったら、経営や隣の部署の事を知ることは悪い事なのか? それは違います。
会社の経営状態や隣の部署、自分が携わっている製品の顧客についての情報を知ることは重要です。
でも、知るだけにとどめてください。
あまり、ことわざの類を出したくないのだが、ここで役立つのは「能ある鷹は爪を隠す」です。
知識と言う爪はあるが、職務を超えた部分では爪は隠すという事です。
極端な例ですが、前職がコピー機のサービスだったとします。
その場合でも転職先のコピー機を修理してはいけません。それは職務を超えているからです。
周りから言われても、メーカーが違うから無理とか、私はこの機種の担当ではなかった、部外者が触れると保証が無効になるなどと言って逃げてください。
自尊心も捨ててください。別のスタッフが修理に成功した場合も元サービスマンとしての劣等感を持たないでください。
嫌らしいですが、ここで重要なのはその修理したスタッフを凄いと褒めることです。これで、コピー機修理と言うババはあなたの手札から消えたわけです。
この、当事者意識を持たないという考え方は、周りを観察すると分かります。
コピー機が壊れた場合に周りを見ると
隣のフロアのコピー機を使っている。総務に修理依頼をしている。後輩に対応をするように促している
そう、デキると言われる人ほど、そんな対応です。
デキる人はある事を知っています。少なくともコピー機を直したところで評価されないことをです。
仮にコピー機を直せると分かった場合は、絶対に次から声がかかります。こうなったら終わりです。
仮に、コピー機の修理に半日かかったとします。その間、同僚は営業など仕事をしています。
あなたは半日分、営業の仕事が出来なかったわけです。
そして、同僚より成績が悪いと査定を下げられます。そう、全くコピー機の修理が評価されないわけです。
さらに、その状態でコピー機の修理を断った場合は、チームワークが悪いと評価が下がります。
どうでしょうか? 自分が出来るからと当事者意識を持ってしまうことは悪い事では無いでしょうか?

第三章 当事者意識は自分のために

会社のコピー機が良く故障する。社内システムのExcelが使いにくい。
それらはあなたが解決しないでください。仮にそうするように言われたとしても、社内で評価されないようであれば出来ないと断ってください。
万が一、会社が大きくなり情報部門や自動車修理部門などが出来たら、その当事者として力を発揮してください。
間違っても、営業成績で評価される立場であれば、その分野に手を出してはいけません。
当事者意識を発揮する唯一の時は、自分が確実に評価される時です。
それ以外は当事者意識を無くしてください。
私の好きな言葉として、好きをやらずに、大好きと必要に注力があります。
その好きを封印すると無駄な場所で当事者意識を出さなくて済みます。
機械いじりが好きなら、壊れたコピー機を目の前にしたら修理したくなります
でも、それは好きなことです。きつい言い方だと、単にあなたが好きなことです。
かといって、休みの日に趣味で壊れたコピー機を修理するほど大好きでは無いと思います。
であれば、やめてください。
そして、当事者意識を発揮するのは、必要と大好きなことだけにしてください。
そうすれば、自然と現在任されている範囲でのみ当事者意識が発揮されます。
そして、会社からも努力しただけ評価が返ってきます。

まとめです

当事者意識を無駄な部分に発揮させてしまう一番の原因は会社の新人教育です。
一社員でも経営者の視点を持つべきと言うことです。
確かに会社としてはうれしいです。低賃金で経営者並みの配慮をしてくれるわけですから。
ただ、周りを見てみて下さい。出来るという人ほど知らないということが多いと思います。
色々なことを聞いても、知らないというわけです。
でも、それをアホとかナイーブとか思ってはいけません。
実はできる人がナイーブに見えるのは、爪を隠しているからです。
当然、機械の知識があればコピー機やパソコンは修理できます。
しかし、それを修理したところで何も利点が無いことを分かっているわけです。
だから、知らないというわけです。
逆に少し知っているからと修理をしてしまう人ほど、バカでナイーブであると考えます。
デキる人は謙虚と言う考えも間違えと考えてください。
デキる人は謙虚などではありません。ゲームでいえばジョーカーのようないらないカードをプレイしていないだけです。
こう考えると謙虚という言葉が怖くなったと思います。そう、周りの謙虚を恐れてください。
野球のようなゲームは見逃す回数が決まっています。不得意だからと逃げていたら三振アウトです。
しかし、世の中の勝負は見逃す回数は決まっていません。
それどころか、ほとんどの事に手を出さずに見逃す能力こそが評価されます。
ここで重要なのは、積極的に当事者意識を持たないという事です。
そして、ここは必要だと思う時だけ当事者意識を強く持ってください。

一ヶ月の情報遮断経験で貯金できます


ネットがない昔から、超高速通信の現在まで生きるためには情報が必要だと言われます。
実はこれは完全なる間違えです。
理由は単純です。まず、人間は360度の情報を扱えていません。
非常に狭い視野に限定された情報だけを集めています。
そもそも、視野に入っていない情報は無視しているわけです。
映画のランキングが気になればそれを必要な情報だと考えます。
一方で映画などに興味がなければその分野は全く見えていないわけです。
この分野では皆さんは潔癖症なわけです。気になっているから重要だと感じているだけです。
仮に本当に重要なことであれば、あなたの関心など無関係です。
ネットの話に戻すと、昔は全く無く、その後、0.1メガ程度の遅い通信が普及しました。
今では光ネットで1000メガです。速度にして1万倍です。
だったら、人間の情報感度も1万倍になったかというとそんな事はありません。
正直、人間の能力はそれほど変わっていないわけです。

第一章 情報の断食

一ヶ月くらい、私的な情報を遮断してみます。
電話、メッセージ、メール、SNSなど一ヶ月間は使わないようにしてみます。
その間に交流会があれば、予め予約しておくか、断っておくかをして下さい。
毎週のように会う友人知人には、一ヶ月間は忙しいから会えないと伝えておきます。
テレビや雑誌、新聞も見ないようにします。
私はこれをやってみて、特に問題はありませんでした。
確かに世界の災害や紛争、殺人事件などのニュースは入りません。
でも、それらも不要だということが分かりました。
誰かが殺される話はよくありません。
しかし、私はそれを防止する事も出来ません。また、犯人は逮捕されているので私に対する実害もありません。
そして、その事件を今後の生活に活かす事も想像できません。
ちょうど今、日本代表が世界とスポーツで戦っていますが、周りが話題にしているから関心あるだけで気にしているだけです。
特にその情報を知らなければ、気にもしないと考えます。

第二章 自分の関心は世間の関心か?

世間が注目しているから、自分も関心を示さないといけない?
この理屈は完全に間違っていると認識して下さい。
自分が興味がるから物事に興味があるという考えが正しいです。
世間が注目しているからという理由で感心していたら
自分自身の心は世間に操作されています。
いま、サッカーの試合が注目されているから応援するは間違えです。
サッカーが好きだから応援する。仮に自分一人だけが好きでもという考えが正しいです。
これが好きだから買うは良いです。
でも、これを買ったら周りから凄いと思われるという考えは間違えです。
このように「自分の関心は世間の関心か?」
と言う疑問を持つと外部からの情報に操作されているということが認知できます。

第三章 必要と大好きな情報

私の方針である「好きなことをやらない人生は最高」
これは、単に好意を持ったことに飛びつかないことと言う意味です。
日本代表が活躍しているだけで、その競技に関心を持つということです。
もちろん、日本が負けろって意味ではなく、特にその競技やチームに思い入れがなければ
観戦や応援などしなくても良いということです。
もちろん、野球が大好きで、日本のチームがWBCの決勝で試合ということなら絶対に応援して下さい。
でも、大して野球が好きでないのなら、その事実程度を把握しておく程度で問題はありません。
仕事に関する最新情報は必要な情報です。これは当たり前です。
そのため、必要と大好きな情報のみに注力して下さい。
ただ、いきなり不要な情報を遮断するのも不要です
だから、一ヶ月の情報断食をして見るわけです
最初は禁断症状が出ますが、そのうち問題ないことが分かります。
丁度、今はWBCで日本代表が優勝した直後です。
当然、世間は熱いです。でも、一週間後には話題にすらなりません。
だから、WBC優勝を知らなくても長期的にみて困らないわけです。
人生でたった一ヶ月だけ情報を遮断してみて下さい。
その一ヶ月で世の中の大量の情報を無視できるようになります。

まとめです

第一章 情報の断食

  • 人生で一ヶ月だけ情報遮断
  • ニュースを遮断する
  • 連絡も遮断する

第二章 自分の関心は世間の関心か?

  • 世間の関心は自分の関心ではない
  • 心は世間に惑わされる
  • 自分の興味が全てと考える

第三章 必要と大好きな情報

  • 好きなことをやらない人生は最高
  • 流行に反応しない
  • 大好きと必要な情報だけ相手にする

私の考えでは、人が広い情報を欲しがるのは2つの理由です。
一つは360度、全方位の可能性があると考えていることです。
2つ目は知識を深めようとすると挫折するから、周辺に逃避するです。
学校の勉強や会社で必要とされる業務知識を深めるのは大変です
だから、何か別の知識を見つけて周りより上位に立つわけです。
ここでも、見つけた知識を深めようとすると挫折します。
だから、更に分野を広げてしまいます。
これは時間と労力の無駄です。当然、出費も多くなります。
この事実に早めに気がつくのが浪費を防ぐ方法です。
ここで役立つのが一ヶ月の情報遮断の経験です。
広く浅く情報を得なくても人生に全く問題が無いと認識することで
薄い知識を広く知る無駄なことを防ぐことが出来ます。
これで無駄な出費を防ぐことが出来て貯金が出来ます。

分からないを放置できれば貯金できます


お金を貯めるには無駄な行動をなくすことです。
無駄をなくすというとよく探して見つけると思うのは勘違いです
実は人の行動って多くが無駄です。そして、一部だけが役立つことです。
よくあるのが、分からないことを全て解決しようとすることです。
宇宙の神秘、高等数学、ハイテク機器の裏側、自動車の原理など
全てを知ろうとすることです。
ただ、それは間違えです。理由はそのようなことを相手する時間が人生には無いからです。
全ての知りたいを相手していたら時間が足りません。もちろんお金も足りません。

第一章 幼い人ほど多くを聞く

子供の時に何でも質問したいと思っていませんでしたか?
覚えていないのでしたら、周りの子供を観察して下さい。
何でも知りたがると考えます。
これは幼い人特有の問題が複雑に絡み合った結果です。
見たものは知りたくなる。
理由もないのに知りたくなる
扱える能力もないのに使い方を知りたがる
です。
ただ、少し年齢が上がれば目の前の課題に集中するので
色々知りたいという暇がなくなります。
学校の勉強、遊び、スポーツ、習い事の楽器演奏などに集中する必要があるので
周りの些細な疑問に反応する暇が無くなるわけです。

第二章 好奇心と集中力

幼少期の時に悪い癖がつくり理由としては
集中力の低さを、好奇心豊かな人と誤解されることです。
最悪なのは、広く浅く色々なことを知ると周りの大人はすごい人だと勘違いします。
正常な大人は物事にある程度集中しているので、全く知らない世界があります。
何でも知っている子供が、その知らない分野の超基礎的な話をしたら
凄い子供になってしまうわけです。
子供も、一つの分野に集中するより幅広い分野の簡単な知識を知るほうが労力が低いので
知識が分散します。そして、大人たちはそれを凄いと褒めます。
そんな子供は、浅く広い知識を身に着けた集中力がない人になってしまいます。
そういう人ってゼネラリストを目指せばよいのでは
そう突っ込まれそうです。しかし、ゼネラリストって博識とかクイズ王とは違います。
実はゼネラリストってある程度の厚みがある知識があります。
おおよそとしては、高校で文系と理系が分かれる前の学問の知識がそれなりにある人です。
目安としては新聞に載っている大学入試の問題が理解できて解ける能力があります。
話し戻して、子供の時に集中力を身に着けていない人は
役に立たない、幅広くて薄すぎる知識を知っているわけです。

第三章 本当の集中力

唐突ですが、皆さん 日本円を知っていますか?
当然知っていると答えますが、それが幅広すぎる知識への間違った道です。
まず、本当に日本円を知っている人は、事の経緯や特性を話せます。
人間としては大学の経済学で通貨に関する専門教育を受けた人です。
それ以外の一般的な人は、何となく日本で使えて価値交換できる媒体程度の認識です。
日本円を使っているのだが、それ自体は良くわからない状態であるわけです。
これだけだと実感できないので、パソコンやクルマは知っていますか?という質問にします。
これの場合は、「使っているが、中身はよく知らない」と答えられます。
自然にこれが出来ているということは、パソコンやクルマ、日本円に関しては
使うことに集中し、それ以外の知っていても役立たない知識は知ろうともしていないわけです。
これが、「分からないを放置する」ということです。
これが成長しても出来ないと、先程の何でも知りたがる子供のような大人が出来上がります。
そうなると悲劇です。さらに、そんな人は知らないことに関して劣等感を持ってしまいます。
別に知らなくても悪くもないことを知らないといけないと感じるわけです。
こんな事を感じたら、無限に知識を集める事になります。
労力も使うし、行動するためのお金も使います。
だから、貯金が出来ないわけです。

最後に

好奇心は良いことだと言われています
ただし、全ての好奇心が良いわけではありません。
好奇心には縦方向と横方向があります。
まず、無駄なのは横方向の好奇心です
いわゆる広く浅くというものです。
子供が見たものを際限なく質問するのが横方向の好奇心です。
一方で重要なのは縦方向の好奇心です。
世の中で評価されるのはこの縦方向の好奇心です。
数学に興味があれば、更に踏み込んでいく事が縦方向の好奇心です。
これのみが重要です。
縦方向の好奇心を向上させるには
横方向の分からないを放置する必要があります。
昔なら検索する労力が非常に高かったので自動的に無視されました
少し昔なら、わからないことはメモして自宅や学校でググる必要がありました。
今では、手元のスマホですぐにググれます。
このように横方向の好奇心を解決する手段が出来てしまったわけです。
だから、意図的に分からないを放置する力が必要です。
横方向の好奇心は無視して、縦方向の好奇心を満たせば無駄な行動が減ります
行動が減れば無駄な出費も減り貯金できます。

残念ながら詰め込み教育は必要です 不要と主張する人は天性の才能の成功体験がある人です

「詰め込み教育は不要」と言う主張は今も昔も聞かれます。しかし、現代でも継続して行われています。詰め込む量は減っていますがそれでも児童生徒の頭痛の種にはなっています。 暗記重視の教育は止めて、自由活発な討論などを重視した教育の方が良いという主張もあります。このような主張があるとテレ...