衝動買いは写真撮影で防止できる #元40代貯蓄ゼロ

 


衝動買いをしてしまうという悩みは多いです。特に会社帰りの買い物では仕事のストレス発散や開放的な気分で衝動買いをしてしまいます。このブログではそれを防止する方法の説明です。

よくあるお金を持ち歩かないは間違え

確かに現金やクレジットカードなどの決済手段を持っていなければ買い物はできません。この方法では衝動買いを当然防止できます。しかし、これって買えないから買えないというだけです。そう、衝動買いをしてしまうという問題は解決していません。

目指すところは、たとえ現金やクレジットカードなどの決済手段を持っていたとしても、衝動的に買わないという心を持つことです。

欲しいと思ったら写真を取る

出先で欲しいと思ったら、まずは写真を撮影して下さい。そして、頭が冷えたらその写真を見て本当に必要であったか? 欲しかったか? を考えて下さい。他には友人知人にメールでもメッセージでも送って見てもらうのも良いです。

大体はあとから見ると要らなかったり、既に持っているものと変わらなかったりします。

同様にAmazonの「ほしいものリスト」に登録するのもオススメです。リストに登録して、後日見ることで本当に欲しかったか振り返ることができます。

後日見ると要らないことがほとんど

以前に業務用のヘアケア製品を営業している人から話を聞いたことがあります。実は業務用製品でもパッケージは重要だということです。 私としては店で使うものだから殺風景な容器でも良いのではと思いましたが、違うということです。

ヘアサロンの経営者が新しい製品を買う時の動機は一般的な製品と同様にパッケージの美しさです。 私もヘアサロンで業務用製品を買うことがありますが、無駄と思えるほどキラキラしたパッケージと感じています。

それと同様に、別に凄くない物でも素敵なパッケージに入っていると誰もが欲しくなってしまいます。

別に外装やパッケージは買った後は関係ありません。そんな誘惑から逃げるには、写真を撮って家に帰りパッケージや外装の誤った誘惑から逃げて下さい。 さらに、家族、友人、知人に相談してみても良いです。

Amazonで衝動買い防止




お金を貯めるには結局は「細かい出費」の意識です

 お金を貯めてばかりで使わないのも「バカ」かもしれませんが、貯金が全く無い方が「バカ」であることは確かです。 私の交流関係でもお金を凄く貯めている人がいますが、どちらかというと多趣味で色々なことをやっています。

実は、趣味も楽しみお金も貯まっているという人は「皆がやっている当たり前のことをやっていない」というところがあります。すごく地味ですが、自動販売機で飲み物を買ったり、付き合いの飲食に付き合いすぎないということをやっています。

世間が誤解する、「車を手放して節約」「好きだった趣味を止めて節約」という暴挙はやっていません。テレビの節約特集では、先程のクルマや趣味を手放して苦しんでいる有名人が登場します。

「趣味のバイクを手放した」「好きなファッションを手放した」「大好きなフィギュアコレクションを整理した」という感じです。 しかし、それは間違っています。

お金が足りない、貯金したいという悩みがある人が絶対にやってはいけないのは「大好きなものを手放す」ことです。先の例でいう、クルマ、バイク、フィギュア、ファッションや蔵書を手放すことは大間違えです。 正しい方法は、どうでも良い細かい出費を減らすことです。

勤務中に自動販売機で飲み物を買わない、新聞の定期購読は止めて時々コンビニで買ったり一日遅れを貰って読む、まんが雑誌は読んだものをもらうなどです。付き合いのお酒も毎週は止めて、二ヶ月に一度程度にすれば節約です。

この生活スタイルに変えるには「細かい出費」に神経を使うことです。毎回の出費は100円だとしても、一日に3回なら300円、一ヶ月で9千円です。 これは大きいです。 毎日昼食が1000円だとすると、400円の牛丼と比べると600円の差です。勤務日数が20日とすると12000円の節約です。これは大きいです。

細かい出費を減らすのは難しいと言われますが、簡単な方法があります。それは、「毎日がノーマネーデー」と考えることです。そう、お金を使わない日が普通と考えます。もちろん、昼食は必要なのでそれは「必要経費」ということで考えます。

多くの勤め人であれば、必要最低限の飲食費以外の出費は無いはずです。だから、毎日がノーマネーデーは簡単に出来ると考えます。財布の中には数千円の現金だけにして、クレジットカードやキャッシュカードを持ち歩かなければ完璧です。

お金が貯まらない人は、是非生活の細かい出費を意識してみて下さい。

Amazonで節約術

つい言いたくなる「昔の自分に言いたい」系助言は意味がありません

 


もっと勉強しておけばよかった、もっとお金を貯めておけばよかった…など、昔の自分にアドバイスをしておけば良かったと思う人は多いです。また、こういう発言も良い発言だと思われています。

関心の輪という考えでは無意味

ロングセラーの7つの習慣(スティーブ・R・コヴィー)での「関心の輪」はご存知でしょうか?詳しくは本を読んでもらいたいですが、概要としては

興味はあるが、変えることが出来ないこと

です。過去のこと、未来のこと、他人のこと、自然のことなどです。過去は後悔できますし、他人のことを気にすることも出来ます。未来も気になります。もちろん、明日の天気も気になります。 しかし、それらを変えることは出来ません。

そう、関心の輪とは、気になるが自分ではどうしようもないことです。

そのため、過去の自分へのアドバイスも『関心の輪』です。だから、過去の自分へのアドバイスは、変えられないことを口にしているという無意味な行為です。

科学者ファインマンの話

科学者として有名な『R・P・ファインマン』という人がいます。ノーベル賞も取っています。当然、科学に関する本を出していますが、ここで絶望的でも希望的でもある言葉を発しています。

『ファインマン流 物理が分かるコツ』の44ページではざっくりとこんなことを言っています。

「私は科学のことをスムーズに理解できるが、出来ない人はとにかく例題を解いて覚えるしか無い。残念ながら私は物理的に物理を教える能力はない」と言っています。 こんなセンスのある人も、人に教えるベストな方法は知らないわけです。

また、イチローとか松井とかの野球選手もプレイヤーとしては超一流だが、ファインマンと同様に教えるという意味では分からないことが多いのではと考えます。

物理など物事を教える完璧な方法が無いことに絶望するということも出来ます。しかし、その一方でこんなことを言えます。

周りが簡単だと思っていることも難しいし、自分が簡単だと思っていることも相手には難しいということです。これを感じることが出来れば希望が見えると考えます。

糞バイス

世の中には色々な助言、アドバイスがあります。また、毎年何冊かの目から鱗が落ちたと言われたベストセラー本が現れます。 簡単に数学が理解できた、英語が簡単に理解できた、ゴルフのスコアが上がった、楽器が上達したなどです。しかし、実際に手にしてみるとそれ程でも無いことが多いです。

そして、一年くらい立つとその存在すら忘れ去られます。もし、本当に画期的な本だったらロングセラーになるはずです。 ということは、そんな本より昔からあるテキストブックの方が良いということになります。

本以外でも、少し出来る人が簡単だとアドバイスする例もあります。その多くが、アドバイスする側もあまり経験が無いため本当に難しいところを知らないだけです。

その、一瞬現れるベストセラー本や周りに現れる「にわかアドバイザー」こそが糞バイスの供給源です。

アドバイスではなく観察

何か身につけたい場合は、出来る人を観察するしかありません。そして、良いと思えば真似たり、現状を観察するという意味で話を聞いたりします。 決して、助言は求めてはいけません。 これが、出来る人から学ぶ唯一の方法だと考えます。

確かに、弟子入りとか師弟関係ってこんな感じです。実は師匠も教えたりアドバイスをすることが出来ないから、一緒に衣食住をしたり、鞄持ちや付き人、身の回りの世話をさせながら自分の技術技能を継承させているのではと考えます。


Amazonでファインマンの本



相対的な幸せは浪費だと感じて下さい 見つけるは絶対的な幸せです


 皆さん、幸せはどんな時に感じるでしょうか? 多くは、「以前より多くの変化があった時」だと思います。具体的には、贈り物を貰ったとか、新車を買ったとかです。実はその様な幸せは、そのときだけだったりします。 その時という変化があった時だけ幸せを感じることを「相対的な幸せ」と呼びます。

数学とか科学がと得意な人なら、人の感じる気持ちを微分すると説明するとわかると考えます。まあ、科学に明るくない人は補足にもならないし、雑談としても面白くないのでこの話はまた今度にします。

新車は買った時と売るときが一番幸福

私の大好きな本、ロルフ・ドベリの『シンククリアリー』でも言われていますが、クルマやヨットの楽しみは、買った時と売却する時ということです。

これって、物を買ったときと売った時という大きな変化点で喜びを感じていると思います。買えば物が手に入り、売ればお金が手に入ります。 そう、これが「相対的な幸福」です。

一方、絶対的な幸福とは物を持っている絶対的な尺度で幸せを感じるということです。クルマで言えば、所有してから手放すまで同じだけの幸せがあるはずです。この、あるはずの幸せが絶対的な幸福です。まあ、減価償却とか価値の目減りもありますが、それは無かったことにして下さい。

絶対的な幸せを感じるとお金がかからない

クルマなど物を買ったら、「毎日が新車」「毎日が新品」と感じてみて下さい。冷静に考えれば物自体は変化していないわけだから、無理は無いと考えます。 そうすれば何年経っても新車であり新品です。

この考えを持てれば持っているもの全てに幸せを感じられますから、出費は減ります。もし、相対的な幸せを追い求めたら、毎日、新品を買わないといけません。これでは出費が大きすぎです。

お酒、タバコ、食事の暴飲暴食も相対的な幸せです。変化があるときは楽しいですが、その後は全く楽しくありません。 お酒を飲んだときも、絶対的な楽しさは消えて、一時的な相対的な楽しさの思い出だけが残ります。思い出というと良さそうですが、この場合はまた次も相対的な楽しみを求めたいと思わせるだけです。

相対的な楽しみは一時的で使い捨てな快楽です。はっきり言って浪費です。

一方で「絶対的な幸せ」は一生物です。本や楽器も一定の絶対的な価値を持っており、今日も明日も10年後も同じ楽しみを提供すると考えられます。

この考えを持てば、出費は確実に減ります。是非、考えてみて下さい。

Amazonで幸せの本を見つける






知らないことを知ると貯金ができます

 


知らないことを知らない! 説明が難しいですが、自分は何でも知っているという思い込みが間違っているということです。感じ方としては、見聞きしたことの多くを理解できると意識している人は、知らないことを知らないという傾向にあります。 反対に、自分は何も知らないと感じている人は知らないことを知っているということです。

他の方法で意識するには、いわゆる若気の至りを知ることです。例えばモータースポーツのドライバーは、そのポジションを運良く得られれば誰でも同じように速く運転できるという錯覚です。 特に子供のときほど、モータースポーツって簡単そうに思えます。しかし、運転をするようになって、軽いヒヤリを経験すると、あの世界は非常に恐ろしいということが分かります。 そして、一流レーサーがどのような技量を持っているか理解できなくなると考えます。 これが、知らないことを知っているという感覚です。

この、知らないことを知っているという意識を持つと貯金が出来ます。理由としては、お金の有無にかかわらず誰でもやる気になれば貯金など出来ると考えているところです。

そして、周りの節約している人や、将来の計画を立てている人、投資の勉強と実践をしている人などの能力を過小評価しています。 そう、節約も将来の計画、投資も重要性は十分知っており、やろうと思えばいつでも出来ると勘違いしています。 更に悪いことに、それらを実践している人を別に簡単にできるだろとバカにします。

「知らないことを知ると、貯金するという行動が容易では無いことも理解できます」

実は私もどうして周りは「分からない」という言葉をすぐに口にするのかと勘違いしていました。実は周りは「知らないことを知っている」から多くのことを分からないと言っていたわけです。

「貯金する方法や投資で儲ける方法は知っているはずなのに、実際にやってみても出来ない」と思っている人は、知らなかったということです。

だから、自分の無知を認めて、周りの成功者に話を聞いて真似をしてみて下さい。 決してその時は「そんなことは知っている」となど言わないで下さい。 理由は知らないからです。

無知の知をAmazonで確認する




テレビが趣味ってお金がかからなくて楽しいです 悪いという意見に騙されないことです

 


趣味がテレビと言うとどのように感じますか? 多くの人は「低級だろ」とか「低俗だろ」と考えます。しかし、そういう方々もテレビは観ています。楽しんでいるのに悪いものでもあると考えられているのがテレビです。

だから、趣味がないと思っている人は「実はテレビが大好きだった」と考えればそれが趣味になります。自分には趣味がないと嘆いている人は、好きでもない楽器やスポーツ、芸術に手をだす前にテレビが趣味でないか? とまずは考えてみて下さい。

一億人総白痴化は嘘

かつては、テレビはバカを量産する仕組みと言われていました。英語でもBoob Tube や Boobtuber(ブーブチューブ、ブーブチューバー)と言われていました。日本語では『おバカ管』と訳される言葉です。 そう、テレビによって人々がバカや白痴になると日米で言われていました。

でも、冷静に周りでテレビが好きな人を見て下さい。別に馬鹿でも常識はずれでも無いと考えます。昨日のテレビの話ばかりしている人も普通に生活をしています。社会的に不適合な人でもありません。 もし、テレビが一億人総白痴化やブーブチューブを生むのであれば、周りの人はもっとおかしくなっているはずです。

だから、テレビ自体は悪くないと考えます。 よく例えられる言葉ですが、火事が発生するから火を問題と考えるものです。 テレビもごく少数の人に対しては問題を起こすかもしれませんが、火災と同じ頻度では無いでしょうか?

皆さんはテレビをテレビとして観ています

少し前に家族が「ドン・キホーテの商品ランキング」や「コンビニベスト100」みたいな番組を楽しんでいました。そこで、ドンキやコンビニの商品を買いたいか? と聞いたら「別に」とのことでした。 そう、番組としては面白いと感じていますが、だからといって意思決定の情報として考えているわけではありません。

完全にテレビを娯楽として楽しんでいるわけです。これを聞くと全くテレビには悪はありません。 たとえ、スポンサーの誘導があったとしても、行動する最終決定はあなた自身です。テレビやスポンサーではありません。

テレビは安い趣味

特に趣味はないと感じている人は、テレビを思いっきり楽しんでみませんか? 大型のテレビ、シアターシステム、気に入った有料チャンネルへの契約などです。 当然、お金は必要ですが他の趣味と比べたら非常に安いです。

それに、既にテレビを楽しんでいるわけなので、挫折することはありません。もう少し踏み込んで、一番大好きな番組についてノートなどにまとめてみるのも良いと考えます。そうすれば人より上の知識をテレビから得ることが出来ます。

昔の話ですが、私は学生の時にテレビが大好きでした。だから、採用面接の時に堂々と「テレビが趣味です」と言ってしまいました。当然不採用でした。学校の採用担当はまさかこんな発言を私がするとは思ってもいませんでしたので呆れていました。 幸い、面接の練習をして、二社目は合格できました。まあ、そこで忖度や面接では素直に物事を言ってはいけないという社会の掟を学びましたが。

ここまで、世間はテレビに対して冷たい目を持っています。でも、大好きならそれを趣味にしてしまうのは悪くありません。 自分の趣味を他人がどうかで決めるのはバカバカしいです。

Amazonでテレビを買う




趣味を探すために自分探しは間違っています 今まで経験したことで探して下さい

 


何か趣味を見つけよう! そう思っている人は多いです。仕事ばかりの人生はつまらないとか、退職して年金暮らしだから趣味を見つけようかなという感じです。

そんな人の多くは、経験していないことを無理やり趣味にしようとします。また、自分探しの旅や冒険をして趣味や生活を見つけようとします。正直それらは無駄です。理由としては、自分の外に楽しみを見つけようとしているからです。

例えば、「ピアノ」を趣味にする場合を考えてみます。テレビで見てカッコよかったとか、ピアノを弾けたら文化的でカッコいいと思われるかな、〇〇音楽教室のチラシを見て何か閃いたなどです。これらの動機だと絶対に長続きしません。

一方で、友人宅のピアノを見たら自然と弾きたくなるとか、ストリートピアノを見ると弾きたくなる、今はピアノを持っていないが他人のピアノでも練習をしたいと強く思う人が趣味にすると続きます。

このような感じで、未知なるものを自分探しの旅で見つけるより、今まで経験したもので自然と引き寄せられるものに向かっていくのが続く趣味です。

意外にテレビ

テレビが趣味? というと恥ずかしいとか、それは趣味ではないだろと突っ込まれそうです。でも、一日中テレビに前で楽しめるということであればそれを無理に止めなくても良いと考えます。

それどころか、テレビの番組の内容や感想をノートなどにまとめて人にある程度出来るほど極めて見ても良いと考えます。

でも、有名人やブロガーがテレビは悪影響があると言っているのでは? だったら、テレビばかり見ている自分や家族、友人を観察してみて下さい。まったく問題は無いのでは無いでしょうか?

私の友人や家族はテレビが大好きです。ドンキやコンビニ特集も面白がって見ています。しかし、ドンキやコンビニで買物を大量にしてしまうかというとそれは違うとのことです。あくまでも番組として楽しんでいるだけで、影響はされていません。

テレビを嫌う有名人は「テレビを多く見る人は、意思決定の情報源としても使っている」という考えを持っています。 確かに、有名人は行動に必要な情報だけ取得しているかも知れません。 でも、多くの人はそうではありません。

テレビを好きで見たからと言って、見ている人の意思決定が狂うわけでもありません。皆さん、テレビはテレビだと思って純粋に楽しんでいるだけです。

話はずれましたが、仮にテレビを見ていると時間が忘れられるという人は、堂々とテレビを趣味だと言っても良いと考えます。

私が考える身近な趣味

クルマを持っていればドライブはどうでしょうか? 長時間の運転が苦にならないとか、意外に楽しいと思っている人はオススメです。クルマで30分程度の地元の名所でも行って見て下さい。ちょっとリア充感覚を上げるためにインスタ投稿でもすれば趣味な感じもアップします。

楽器で楽しかったものは無いでしょうか? 小学生の時にリコーダーやハーモニカで周りより上手く演奏できたとか、カラオケで周りから上手いと言われた、友人のギターを一時間くらい教えられながらさわっていたという経験があれば再び始めてみて下さい。

絵を描く、写真を撮影する、簡単な料理を作るというものも趣味になります。

こんな感じで正直趣味だと感じないものでも、過去に楽しいと思ったのであれば長続きすると考えます。別に趣味だから高尚なことをしなければいけないという訳ではありません。先程テレビの影響について話をしましたが、趣味=高尚だと思うことこそがテレビの影響です。

是非、自分探しは止めて、過去に経験したことで時間を忘れるほど楽しめたという事から趣味にしてみて下さい。テレビでもドライブでも安い楽器でも問題ありません。

Amazonで本を探す

残念ながら詰め込み教育は必要です 不要と主張する人は天性の才能の成功体験がある人です

「詰め込み教育は不要」と言う主張は今も昔も聞かれます。しかし、現代でも継続して行われています。詰め込む量は減っていますがそれでも児童生徒の頭痛の種にはなっています。 暗記重視の教育は止めて、自由活発な討論などを重視した教育の方が良いという主張もあります。このような主張があるとテレ...