誰でも周りより優れていると思われている点は有ると考えます。そのため、その知識を目当てに質問をされることはあります。そして、質問をするということは困っているからするのだろ? という考えも持つと思います。でも、それは間違えだったりします。
多くの質問は気を引いて欲しいからする
考えたくないのだが、人って気を引くために「困ったフリ」をすることが多いです。別に墓場まで知らないフリをしてくれれば良いのだが、大体は自尊心が勝ってしまい知っていることを口に出してしまいます。
「知らないから教えて欲しい」と言われたから説明したら「そんな事知っている」とか「他の人と同じことだね」って言ってくることです。
こんな質問に引っ掻き回されないテクニックを説明します。
自分は困っていない
バカバカしく単純なのだが、自分は何も困っていないと念じてください。冷たい感じもしますが、そう感じたら「あなた自身が困っていた時に誰から適切に助けてくれたか?」を思い出してください。大体は自分で解決しているのではと考えます。
だから、他人からの質問に関して最初に思うことは「自分は困っていない」です。よくある、他人の気持ちになって話を聞くがありますが、あれは嘘だと考えてください。
それは相手の課題
なんだか、アドラー心理学な感じがしますが、私の主張には多少入っていると思います。まあ、人の考えることの殆どは既存の手法の寄せ集めであり、ゼロから新しい概念を考えた人は少ないと考えます。だから、この点は気にしないでください。 ストレートに言うと「アドラー心理学をパクりました」としておきます。
先程の「自分は困っていない」の逆の考えが「それは相手の課題」です。だから、本気になって取り掛かるのはあなたではなく相手です。
途中で脱線したら戻さないで置きましょう。クルマの悩みが脱線して、今日の野球の話になったら野球の話をすれば良いわけです。 脱線を戻す主体は相手にあり、こっちには全くありません。
といっても、そういう人は「あなたが野球の話をしたがっている」と都合よく考えると思いますけど、これが「こんな質問をする人は避けよう」の意味でもあります。
神経質な質問に答えると神経質認定される
パソコンにスパイウェアが仕込まれ監視されている。この話題に深入りすると、質問された側が「入っているはずもないスパイウェアに怯えているあなた」と変な解釈をします。
よくある、細かい質問に答えていたら、どうしてそんなにこだわるの? と返される話です。
神経質な質問も、それを解決するという課題は相手にあり、こっちは困っていないと自分に念じれば適切に対応できると考えます。
溺れている人は困ってない
海で溺れている人って実は困っていなかったりします。理由は、まだ生きているからです。その後、漂流物にしがみついたり、溺れながら陸や浅瀬に到着して助かる可能性もあります。
しかし、体力が尽きて沈んだらその後は死にます。この体力が尽きて沈んだ瞬間が「困った」瞬間です。 スクーバダイビングの講習では救助する場合は、この瞬間を狙うと言われています。 溺れている時に救助しようとしても、しがみつかれお互い沈んで死んでしまうからです。
話し戻して、神経質な質問をしてくる人って、まだまだ困っていません。 もし、本当に困っている場合は適切な質問をしてくるはずです。 先程の海の話を出すと、そういう人って溺れているふりをしているということになります。
大体の悩みは自己解決出来る
スキューバダイビングの講習と同じで、溺れている人、つまり助けて欲しいと言ってきた人に対しては当事者意識を持たずに対応してください。 大体は自己解決されます。溺れながら陸地や浅瀬にたどり着いたり、冷静に対応して溺れるのを止めるなどです。 溺れているふりをしている人も、周りが無視していたら疲れるのでやめます。